不動産投資のこと、公開します
そこで前職のルートを生かして旺文社の協賛をとり、懸賞論文を企画したのだ。
「論文を書いてアメリカに行こう」。
論文のポスターは全国の高校の校舎に張り出され、それと同時に主催するY堂の知名度は飛躍的にあがった。
多店舗展開を急ぐY堂には多くの学生が入社を希望するようになった。
Sは徐々にY堂の幹部社員となっていく。
人事担当として労働組合と対峙したときのことだ。
Sはゆとりある生活を求めて欧米の暮らしぶりを説明した組合幹部を一喝した。
「君は海外で生活したことがあるのか。
君は海外に行ったことがあるようだが、そこで見た海外の生活は観光客としての視点ではなかったのか。
本当に生活してみたのか」。
組合側は押し黙った。
営業時間の短縮を求める組合に対しても「ローテーションをきちんと組めば営業時間を短縮する必要はない。
営業時間の短縮は認められない。
短縮したらお客様に迷惑がかかるだけだ」と退けた。
Sと同じころに途中入社した社員やたたきあげの社員の7人ほどが出世街道を走り、7人のサムライと呼ばれたこともあったが、その中でSの役割が次第に大きくなり、創業者、Iの信任を得ることになった。
Sの総店舗数、約1万千店に商品を滞りなく配送するトラックの総数は、約3800台。
1年間の走行距離は2億3430万キロ。
地球を5857周、月までなら約308往復もできる。
果たしてこの目のくらむような数字は何を意味するのか。
S創業時の1974年、1号店となった「S豊洲店」は加工食品、日用雑貨など約3千500品目を販売し、取引先は約百社に達していた。
商品を注文するには、この百社に電話をしてトラックで配送してもらい、約百種類の伝票を書かなければいけなかった。
豊洲店には1日に70台ものトラックが横付けされ、段ボールに入った商品を置いていった。
16時間営業だった豊洲店に約14分ごとに車がやってくる計算になる。
レジの作業よりもトラック運転手から商品の入った段ボールを受け取って、自宅にとりあえず運び込む。
その繰り返しである。
当時は店に必要な数量だけを持ってきてくれる取引先はほとんどなく、大半が段ボール単位(ロット)でしか注文できなかった。
いつの間にか加盟店主(オーナー)であるY憲司の店も兼ねた自宅には、段ボールに入った商品の山が築かれた。
S商品部のIは「このままでは大変なことになる」と思ったという。
日本の流通機構はメーカー主導の色合いが濃く、工場から出荷された商品は、まずメーカーの資本の入った問屋や特定のメーカーの商品を扱う一次特約問屋の倉庫に納まる。
更に同様な関係にある2次問屋などを通して最終的には小売店に配送されていた。
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